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2012年12月7日金曜日
Facebookで奈緒子さんの写真をチェック
2008年9月15日月曜日
good good
「グーグーだって猫である」
観ました。
なんだか、「孤独としあわせ」について考えてしまいました。
ペットと人が1対1で暮らしている姿って、当人にとってはもちろん「2人」である気分なんだろうけど、傍目から見れば「1人」なわけで。
子供を産めなくなってしまった独身の女性が猫と暮らすって、いったい、どういう気分なんだろう。
想像しようとしても、よくわからないので、「うむ・・・」となってしまいました。
映画の中では、彼女を支えるあたたかい人々の存在に救われます。
・・・
もう1本、昨日は
「百万円と苦虫女」
を観ました。
こちらは、人との本質的な関わりを避けて、仕事と住まいを点々とする女子の話。
「本当のことを言わずにいれば、平和に暮らせると思ってた」
というのが彼女がそのような生き方を選んだ理由。
でも、そんなやり方はけっきょく「平和」じゃないんだってことを、彼女が知る瞬間が悲しい。
しあわせって、けっきょくのところ、誰かと本気でぶつかりあわないと実を結ばない。
それは労力のいることだし、簡単にできることでもないのですね。
2008年9月13日土曜日
2008年8月2日土曜日
the world today
世界報道写真展に行きました。
目を覆いたくなるような事実。
すべてがこの1年間で、同じ地球上でおこっている出来事。
飛行機で行けば、ほんの何時間かしかかからないような場所で、今の自分には信じられないような「人間の生活」がある。
展覧会を見た直後は、吐き気のような、めまいのような、居ても立ってもいられないような、絶望的な、苦しい気持ちになりました。
しかし、家に帰りながら冷静に考えてみると、私の「今」の大切さ、貴重さ、そして脆さに気づけたのであるから、もっともっと毎日をよりよく生きてゆかねば、と少し前向きになれました。
2008年7月14日月曜日
2008年6月15日日曜日
my back aches
タイトルを書いていてふと思ったけど、アメリカ人って「肩が凝る」じゃなくて「背中が痛い」って言うんですね。どうしてだろう。肩凝らないんだろうか。それとも肩は背中の一部とみなされているんだろうか。翻訳に詳しい人と話してみたい話題...
で、本題ですが、最近、ふと気がつくと肩に力が入っています。最近意識するようになったからそう思えるのか、あるいは、本当に最近になって肩に力が入ってしまうようになったのかはわからないのですが、ヨガ教室で気づきました。
先生に毎回直されてしまうのが肩。そして顎(あご)の高さ。
どういうわけか、どちらとも不必要に高くなっていて、それが私の肩から背中にかけての筋肉を無駄に緊張させている。
意識的に力を抜くと、驚くほど楽な体勢になるというのに。どういうわけか。
外でショウウィンドウなど見つめているときも、ガラスに映る自分は肩が上がっている。
かっこうよく立っている人というのは、おなかできちんと自分の身体を支えているようにたっているけれど、私はそうなれていない。肩を上げることでどうにか体勢を保っているという状態。だから腹筋がきちんと使えておらず、背筋も発達しない。それゆえに、体重はさほど重くないけれども、おなかがぷにゅぷにゅしているという恥ずかしい状態。
あごをひいて、肩も落として、気持ち斜め前をきちんと向いて、おなかに緊張感を持って生活しなければと思う今日この頃。
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